シェフとの対話 【露結】 懐石料理 林 大介氏
2021年12月、イギリス初となる京都懐石料理の店が誕生した。
そこは、まさに、ロンドンでありながら、日本食文化の粋が結集する場だ。
数寄屋造りの建築美と樹齢400年の檜のカウンターに代表される室礼、博物館級の器、そして、京の伝統を踏襲する正統派の料理。
ここには “ほんまもん” しかなく、本物を求めるグルメ達が夜な夜な集う、唯一無二の懐石料理店。
京都「菊乃井」村田吉弘氏の元での長年の経験を経て、世界へ日本料理を発信する第一人者である、林大介シェフに、お話を伺った。
第一章
林シェフが語る、懐石とは? 第一人者から学ぶ懐石の世界
NAOKO:「露結」さんの開店以降、KAISEKI(懐石)については、外国のメディアでも、いくつかすでに書かれていると思います。懐石については、英語でもある程度の情報はすぐに出てきますので、ここではあえて基本のことには触れず、私は、林さんの思考のもっと奥深いところへ、切り込んで入っていけたら、と思っています。
ということで、よろしくお願いします!
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やはり、最重要キーワードは「節句」「季節」なのだ
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NAOKO: 林さんに「懐石を説明してください」と質問すれば、ずばり、どのようなお答えになるのでしょうか?
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林シェフ: まあ、懐石とはなんぞや、ということですよね。お茶の前の食事、ではありますが、日本食文化の鉄則っていうのがあって、やっぱり「五節句」なんですよ。節句というのは、節目のことです。
奇数と奇数が重なる日。奇数は陽で、偶数は陰なのですね。奇数(陽)と奇数(陽)が重なると、偶数で陰に転じるので、それをプラスにするために、祭事をするのです。
例えば、三月三日の雛祭り、五月五日の端午の節句、七月七日の七夕、など。先月九月は重陽の節句でした。
この節目を迎えるということを、日本食文化ではとても重要と考えているんですよ。スイッチを切り替える、という感じです。
そして、「季節」。食材で言うと、走りと旬と名残があるように。
例えば今の時期でしたら松茸でしょうか。この蕾(つぼみ)の松茸は“走り”ですよね。これが、笠どんどん広がっていって“旬”になると、もう香りも味もピーク。そして“名残”の頃は、全部開き切って、ああ、もう秋も終わりだな…と。そういうことから季節を感じるのです。
食材を通して季節を感じることも重要だし、節句を通して季節を感じる。それは、一年を通じて、人間としてのバランスをとる行為と同じです。節目を迎えることで、気持ち新たに「来月また頑張ろう」となる。そういった心の持ちようは、とても重要だと思うのですよね。
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NAOKO: 海外という、日本とは気候も食材も違う場所で、この節句や季節は、どのようにして実践されているのでしょうか? 私もロンドンの自宅で、どのようにして、取り入れていけばいいのか、いつも、悩みます。きっと、海外の方にとっては、もっと、ピンと来ないのかもしれない、と思うのですが。
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林シェフ:そこは“お決まり”と言って、五節句に食べるものは、決まっているんですね。一月でしたら七草粥を食べるとか。こういうのを、お決まりって言うんです。これは、京都の言葉ですかね? 何月何日は、何々を食べて、という。
お雛さんでしたら、貝合わせ。五月は端午の節句で、粽。七月七日は七夕なので、天の川に準えて、素麺。九月は重陽の節句で、菊の節句なんです。
だから、ある意味、美味しいものを食べるだけじゃなくて、お客様に、スイッチを切り替えていただく、そんなひととき時にしていただきたい、という思いもありますね。
そのために、この懐石の定型をきっちり守っていかないといけないのです。その上で、昔のものをそのまま出しているわけではなく、新しいことも、常に組み込んでいます。
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NAOKO: 美味しいものを出すだけじゃない、というのは、ある種、衝撃的でもあります(笑)
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林シェフ:そういう意味では、私がやりたいことは、日本の食文化の発信なので、日本の私達の食の精神は、こういう事を持っていますよ、という考えを、表現しているわけなんです。
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NAOKO: では、季節は、違和感にはなってしまわないですか? 例えば、ある季節が、今は日本では鮎なり松茸なりの時期だけれども、イギリスではちょっと違う、といった状態になってしまうという、ズレというか、違和感というか…。
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林シェフ:食材は基本的に、こっちのものが8割なので、こちらの旬のものを使っている限り、違和感はないですよ。
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NAOKO: では、たとえば菊はどのようにして使うのですか?
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林シェフ:こっちの魚や野菜を用いながら、菊でしたら、その香りを生かしていきます。
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NAOKO: なるほど、納得です。
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林シェフ:食材はほとんどこちらのものなので、日本で料理をしている時と、イギリスとの違いは、私はほとんど感じていないです。
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NAOKO: そういう意味では、伝統的でありながら、料理としての独自性も生まれていますよね。
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林シェフ:そうですね。毎月来られるシンガポールのお客様がおられるのですが、「露結のような料理は、日本にもシンガポールにもない」、とおっしゃってくださります。シンガポールでは日本食材がたくさん手に入るのですが、輸入規制も衛生基準も厳しいヨーロッパはそうはいかない。しかし、日本のものがあまり手に入らない状態が、かえって、他にはない料理となっているから面白い、とご指摘いただきました。
この言葉は、新鮮でしたね。私も、逆に、何十時間もかけて届いた食材は、あまり使いたいとは思えないですし。
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NAOKO: 日本のものが入っていないからこそ生まれる、独自性のある日本食文化ということですよね。こちらにも、美味しい食材はたくさんありますしね。
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林シェフ:ただ、品種は日本に比べると圧倒的に少ないですよ。そうすると、品は変えれないので、手を変えて、という作業です。
例えば、コーンウォール地方のロブスターは、本当に美味しいんですよ。絶対に日本では食べれない味です。しかし、調理方法を様々に考える作業が必要となります。手に入るもので何ができるか、を考えるのが私達の仕事です。
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NAOKO: こちらにいるからには、そういう、こちらならではの極上の素材を食べたいですよね。
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香り使い、感性の鋭さ
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林シェフ:こちらの食材を使う中でも、日本の食文化の表現をするためには、どうしても日本からの仕入れで、外せないものはあります。
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NAOKO: 日本のもので重要なものとは、なんですか?
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林シェフ:柚子や山椒ですね。香りが非常に違います。
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NAOKO: では、日本のものではなく、こちらの香りで重宝しているものは?
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林シェフ:ベルガモットですね。素晴らしい香りです。
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NAOKO: ベルガモットですか! どのように使われるのですか?
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林シェフまさに、柚子のように使います。例えば、風呂吹き大根にベルガモットの皮をふったりだとか。
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NAOKO: お出汁とベルガモット! 素敵! なんだか、そういうアロマキャンドルがあったら、部屋で焚きたいかもです(笑) やはり、パフューム文化のあるヨーロッパならではの香りを、日本料理と融合させることは、とても面白い試みだと思います。
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林シェフ:もちろん、何でもかんでも、という事はないですよ(笑)例えば、タラゴンなどは、強すぎて、私はあまり使いません。やはり、相性を正確に考えて使います。
あとは、ピンクペッパーなどは、日本料理では元来使わないですが、これがほんの少し入るだけで、絶大な変化を生むんです。香りものは、揮発する時に、面白い効果を生みますね。
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NAOKO: 確かに。揮発については、私は、常々、日本とヨーロッパの違いを、行き来するたびに、肌で感じていました。日本の高い湿度は、日本の香りをじんわり、柔らかく漂わせる効果がある。それに対して、ヨーロッパの乾燥した空間では、ワインなどがいい例ですが、香りはシャープに鮮烈に立ちあがります。
それを考えると、ヨーロッパの香りをここで使う事に、論理性があって、ロジックとして成立しますよね。
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苦味がウケるその理由
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林シェフあと、私がこちらで感じた事で面白いのは、こちらの食べ手さんは、苦味を美味しさとして、捉えておられる。日本では、あまり苦味は好まれないので、興味深いです。
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NAOKO: それもやはり、ワインの文化からくるのでしょうか? 赤ワインの渋みタンニンは、美味しさの元である、という感覚。。。 面白いですね!
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林シェフ:日本料理では、五味を基に考えます。五味は「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「うま味」です。その中で、「甘味」と「酸味」と「塩味」 は、単一の味しか感じませんが、「苦味」には、90種ほどの違いがあると言われています。ですので、この苦味を上手く活かす事で、料理の味わいの幅が広がります。
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NAOKO: 90種も! そうすると、林さんの表現する料理は、香り、苦味、がポイント、と捉えられますね。
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林シェフ:ほかにもたくさんの要素はありますが、この二つ、あとテクスチャーには、重きを置いて日々調理していますね。
第二章へ続く…
第二章では、よりくだけた質問 「懐石のエチケット? 初心者さんへアドバイス」をお届けします。
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